山田五郎さんの若い頃は、現在の個性的な髪型とは大きく異なる、長髪で端正な顔立ちをした青年でした。
高校・大学時代の写真を見ると、俳優やモデルのような雰囲気もあります。しかし、ネット上にある「元モデルだった」という噂は本当なのでしょうか。
この記事では、山田五郎さんの若い頃を画像とともに振り返り、学生時代からファッション編集者、テレビ出演者になるまでの経歴を紹介します。
山田五郎の若い頃はロン毛のイケメンだった!
山田五郎さんの若い頃は、肩近くまで髪を伸ばしたロン毛のイケメンでした。
現在の山田五郎さんといえば、頭頂部の一部だけ髪を残した個性的なヘアスタイルがおなじみですよね。
若い頃の写真とはかなり印象が違うため、初めて見た人は「本当に同じ人物?」と驚くかもしれません。
上智大学時代の画像は現在と雰囲気が大きく違う
特に注目を集めたのが、上智大学時代に撮影された山田五郎さんの写真です。
2020年11月14日放送のテレビ東京系『出没!アド街ック天国』では、四谷の特集に合わせて、上智大学へ通っていた頃の写真が公開されました。
当時の山田五郎さんは、髪を肩近くまで伸ばした青年。前髪を自然に分けたスタイルで、現在とはかなり雰囲気が違います。
ただ、目元や眉、鼻筋などを見ると、山田五郎さんらしい面影もしっかり残っています。
デイリースポーツも、番組で公開された山田五郎さんの姿を「ロン毛イケメン時代」と紹介しています。
筆者も、現在の姿を知らずに写真だけを見たら、雑誌や音楽関係の仕事をしている人だと思いそうです。長髪だけでなく、落ち着いた表情や服装からも独特のおしゃれさを感じます。
参考:デイリースポーツ|山田五郎氏が「アド街」でロン毛イケメン写真を公開
番組出演者やネット上からも「モテそう」と話題に
若い頃の写真が『アド街』で公開されると、番組内でもそのルックスが話題になりました。
井ノ原快彦さんは写真を見て「モテたでしょうね」と反応。須黒清華アナウンサーからも「モテそうですね」という声が上がっています。
山田五郎さんが実際にどのくらいモテていたのかは公表されていません。
それでも、写真を見た出演者がそろって好印象を持ったことから、若い頃がイケメンだったという評価は、それほど大げさではなさそうです。
Xでも、若い頃の写真を見た人から「イケメンすぎて話が入ってこない」「現在とのギャップに驚いた」といった声が上がっていました。
もちろん、イケメンと感じるかどうかは人それぞれです。ただ、公開されている写真を見る限り、長髪が似合う端正な顔立ちだったことは伝わってきますね。
山田五郎の若い頃を画像と経歴で振り返る
山田五郎さんの若い頃をたどると、高校時代から大学時代、ファッション編集者時代にかけて、少しずつ雰囲気が変化していることが分かります。
ここからは、若い頃の画像とともに経歴を振り返ってみましょう。
高校時代は眼鏡とストールがおしゃれな青年だった
山田五郎さんは1958年12月5日に東京都で生まれ、父親の仕事の都合で大阪へ引っ越しました。
高校は、大阪府内でも有数の進学校として知られる大阪府立北野高校へ進学しています。
BSテレ東の『THE名門校!日本全国すごい学校名鑑』に出演した際には、高校時代とみられる山田五郎さんの写真も紹介されました。
写真では眼鏡をかけ、首元にはストールのようなものを巻いています。大学時代のロン毛写真とはまた違い、文学青年のような知的な雰囲気です。
テレ東プラスの記事内に「山田五郎(当時)」と表示された写真があります。
出典:テレ東プラス|山田五郎が母校・北野高校時代を振り返る
北野高校では厳しい体育の授業も経験し、縄跳びや水泳などのテストに苦労したそうです。
山田五郎さんは当時について「自分にとって北野は軍事教練」と冗談交じりに振り返っていました。
上智大学時代にザルツブルクで西洋美術史を学んだ
高校卒業後は東京へ戻り、上智大学文学部新聞学科へ進学しました。
山田五郎さんは大学の一般教養で「バロックの文化と芸術」を受講したことをきっかけに、西洋美術史へ興味を持つようになります。
しかし、当時の上智大学には西洋美術史を専門的に学べる学科がありませんでした。
そこで教授から海外で学ぶことを勧められ、大学在学中にオーストリアのザルツブルクへ渡ります。現地では約1年間、西洋美術史を学びました。
山田五郎さん本人は、この期間を「留学」ではなく「遊学」と表現しています。
教室で理論を学ぶだけでなく、ヨーロッパ各地を巡り、実際の美術作品を見ることを重視していたからです。
公式YouTubeチャンネルの動画にも、海外で過ごしていた若い頃の山田五郎さんの写真が登場します。
現在の山田五郎さんからは、美術の専門教育を受けて一直線に評論家になったような印象を受けるかもしれません。
実際には、大学の授業で興味を持ち、自分で海外へ行って本物の作品を見て回ったことが、美術を学ぶ大きな出発点になっていました。
講談社に入社してファッション編集者として活躍
山田五郎さんは1982年に上智大学を卒業し、講談社へ入社しました。
研修期間中から男性向け情報誌『Hot-Dog PRESS』の編集部へ配属され、若手時代はファッション関係の記事を担当しています。
当時は、編集者が自らショップへ連絡して服や小物を借り、撮影の準備から商品の返却まで行う時代でした。
まだ『Hot-Dog PRESS』の知名度が高くなかった頃には、店から商品を貸してもらえず、悔しい思いをしたこともあったそうです。
それでもスタイリストやカメラマンと協力し、1980年代のイタリアンカジュアルやDCブランド、ジーンズなど、若者のファッションを誌面で紹介していきました。
2026年7月にテレ朝NEWSが公開した写真ギャラリーでは、1991年6月に撮影されたファッション誌編集者時代の山田五郎さんを見ることができます。
当時32歳頃の写真で、大学時代より髪は短くなっていますが、眼鏡や服装からは編集者らしい知的でおしゃれな雰囲気が感じられます。
出典:テレ朝NEWS
その後、山田五郎さんは『Hot-Dog PRESS』編集長や講談社の総合編纂局担当部長を務め、2004年に独立しました。
若い頃の服装がおしゃれに見えるのも納得ですよね。モデルとして服を見せる側ではなく、ファッションの流行を調べ、誌面を作る側の人物だったのです。
参考:ぼくのおじさん|山田五郎が語る1980年代のメンズファッション
山田五郎の若い頃はモデルだった?
山田五郎さんについては、ネット上で「若い頃はモデルだった」という噂も見られます。
しかし、本人インタビューや上智大学の資料、講談社時代の経歴を確認した限り、山田五郎さんがモデルとして活動していた事実は確認できません。
元モデルという噂に確かな根拠は確認できない
元モデル説を裏付ける具体的な情報として、所属したモデル事務所や出演した雑誌、広告などは見つかっていません。
山田五郎さん本人が、モデル経験を語ったインタビューも確認できませんでした。
ネット上には「テレビ番組で元モデルと紹介された」という書き込みもありますが、番組名や放送日、発言内容などは明らかになっていません。
そのため、元モデル説は出所を確認できない噂だと考えられます。
若い頃の写真がモデルのように見えることは確かですが、写真の印象だけで職業まで判断することはできません。
ファッション編集者の経歴から誤解された可能性も
元モデル説が広まった背景には、山田五郎さんのファッション編集者としての経歴が関係しているのかもしれません。
山田五郎さんは『Hot-Dog PRESS』で、ファッション特集の企画や撮影に深く関わっていました。
さらに、若い頃は長髪で服装もおしゃれだったため、「ファッション業界で働いていたイケメン」という情報が、いつの間にか「モデルだった」という話へ変化した可能性があります。
筆者としては、公開されている経歴を考えると、「元モデル」ではなく「モデルや商品を見せる誌面を作っていた編集者」と整理するのが一番しっくりきます。
山田五郎がテレビで知られるようになったのは30代半ば
山田五郎さんがテレビで広く知られるようになったのは、学生時代ではなく30代半ばになってからです。
それまでは本名の武田正彦さんとして、講談社で雑誌編集の仕事をしていました。
「山田五郎」という名前は編集者時代に誕生
「山田五郎」は本名ではなく、編集者時代に生まれた名前です。
本人によると、1990年頃に架空の著者名として「山田五郎」を使ったことが始まりでした。
名前の由来は、編集部の落とし物として置かれていたシャープペンシルに書かれていた名前だったそうです。
当初は「大阪で中華料理店を営む頑固な老人」という細かな人物設定まで作られていました。
今では知的で落ち着いたイメージの強い山田五郎さんですが、名前の始まりが編集者仲間による遊び心たっぷりの企画だったというのは意外ですね。
『タモリ倶楽部』への出演をきっかけに広く知られた
山田五郎さんは1993年頃、『タモリ倶楽部』へ出演しました。
当初は別の出演者を探していたものの、急な依頼で都合のつく人が見つからず、山田五郎さん自身が出演することになったそうです。
番組では「お尻評論家」という肩書きで登場。本業は講談社の編集者でしたが、独特の語り口と豊富な知識で注目を集めました。
その後は『出没!アド街ック天国』など数多くの番組へ出演し、美術や時計、街、ファッションなどを分かりやすく語る人物として知られるようになります。
若い頃にファッション編集者として身につけた調査力や伝える力が、テレビ出演でも生かされていたのでしょう。
山田五郎のプロフィール
山田五郎さんのプロフィールをまとめました。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 山田五郎 |
| 本名 | 武田正彦 |
| 生年月日 | 1958年12月5日 |
| 出身地 | 東京都 |
| 出身高校 | 大阪府立北野高校 |
| 出身大学 | 上智大学文学部新聞学科 |
| 主な経歴 | 講談社編集者、『Hot-Dog PRESS』編集長、評論家、タレント |
| 得意分野 | 西洋美術、時計、ファッション、街づくりなど |
| 主な出演番組 | 『タモリ倶楽部』『出没!アド街ック天国』『ぶらぶら美術・博物館』など |
| 公式YouTube | 山田五郎 オトナの教養講座 |
| 没年月日 | 2026年7月14日(67歳) |
山田五郎さんは2024年、原発不明がんであることを公表し、治療を続けながら活動していました。
所属事務所は2026年7月22日、山田五郎さんが同月14日に67歳で亡くなったことを、公式YouTubeチャンネルで発表しています。
今回の記事は若い頃がテーマのため、闘病経過については詳しく扱いません。
ただ、亡くなる直前まで美術や知識の面白さを伝え続けた姿は、多くの視聴者の記憶に残っていくのではないでしょうか。
公式発表
参考:テレ朝NEWS|編集者・評論家の山田五郎さんが67歳で死去
まとめ
山田五郎さんの若い頃は、現在とは大きく印象が異なる、長髪が似合うイケメン青年でした。
高校時代は眼鏡とストールを身につけた文学青年のような姿で、上智大学時代には肩近くまで髪を伸ばしています。1991年の編集者時代の写真からも、知的でおしゃれな雰囲気が伝わってきます。
一方、元モデルだったという説には確かな根拠がありません。確認できるのは、『Hot-Dog PRESS』でファッション編集者を務め、流行を発信する誌面を作っていた経歴です。
若い頃から美術やファッションへ向けていた好奇心は、その後の編集者、評論家、テレビ出演者としての活動につながっていました。
外見の意外なギャップだけでなく、山田五郎さんが長年培ってきた知識の原点にも注目したいですね。




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