デヴィ夫人は若い頃何してた?美人すぎて求婚されまくり?現在と画像比較!

バラエティ番組で見せる毒舌キャラや、体を張ったチャレンジで大人気のデヴィ夫人

80代とは思えないバイタリティに圧倒されますが、「デヴィ夫人は若い頃、一体何をしていた人なの?」「そんなに美人だったの?」と不思議に思う方も多いはずです。

デヴィ夫人の歩んできた道は、まさに事実は小説よりも奇なり。

戦後の過酷な貧しさを経験しながら、自らの美貌と知性だけを武器に、インドネシアの大統領夫人へと駆け上がったシンデレラストーリーなんです。

この記事では、デヴィ夫人の波瀾万丈すぎる若い頃の活動や、世界中のセレブを虜にした当時のエピソードを詳しく紹介します。

この記事を読んで分かること
  • デヴィ夫人が過酷な戦中・戦後を生き抜いたガッツ溢れる生い立ち
  • 高級クラブの「プリンセス」として伝説を作ったホステス時代
  • スカルノ大統領に見初められ、インドネシアへ渡ったシンデレラストーリーの真相
目次

デヴィ夫人は若い頃何してた?

出典:Instagram

デヴィ夫人は若い頃、戦後の貧しい家計を支えるために必死に働き、赤坂の高級クラブでトップクラスのホステスとして活躍していました。

今の華やかなイメージからは想像もつきませんが、デヴィ夫人の原点は「家族を守るための猛烈な働きぶり」にあると言えます。

幼い頃に東京大空襲を経験

デヴィ夫人は1940年に東京の麻布で生まれましたが、幼少期は戦争の影が色濃く落としていました。

5歳の時に東京大空襲を経験し、燃え盛る炎の中を防空壕へ逃げ惑った記憶を鮮明に持っています。

大工だった父・兵七郎さんが目を悪くし、母・政子さんも足が不自由だったため、家計は常にギリギリの状態。

戦後は食べるものがなく、雑草を食べて飢えをしのいだ時期もあったそうです。

デヴィ夫人の「何があっても生き抜く」という並外れた精神力は、こうした壮絶な幼少期に養われたと考えられます。

高級クラブの「プリンセス」として英語力を磨く

15歳で千代田生命保険(現在のジブラルタ生命保険)に就職したデヴィ夫人ですが、16歳で父・兵七郎さんを亡くしたことで人生が大きく変わります。

弟を大学に行かせる学費を稼ぐため、デヴィ夫人は高校を中退し、赤坂の高級クラブ「コパカバーナ」に飛び込みました。

コパカバーナは、客のほとんどが外国人という超一流の社交場でした。

デヴィ夫人はそこで独学で英語を身につけ、その美しさと知的な会話術で「プリンセス」と呼ばれるほどの人気を博しました。

デヴィ夫人は後に「人の3倍努力し、3分の1の睡眠で生きてきた」と語っていますが、まさに努力で自分の価値を勝ち取った時期だったと言えます。

若い頃は美人すぎて求婚されまくり?

出典:X

デヴィ夫人の美しさは当時から国際レベルで、若い頃は世界中の大富豪からプロポーズの嵐を受けていました。

「美人すぎて求婚されまくり」という噂は決して大げさではありません。

デヴィ夫人が19歳の頃には、2人のアメリカ人大富豪から同時にプロポーズされていたという驚きのエピソードも残っています。

スカルノ大統領との馴れ初めは?

デヴィ夫人の運命を決定づけたのが、インドネシアの初代大統領、スカルノさんとの出会いです。

1959年、帝国ホテルで友人を待っていた19歳のデヴィ夫人に、来日中だったスカルノ大統領が一目惚れしたと言われています

出会って3ヶ月後にはスカルノさんから「インドネシアに来ないか」と招待を受け、デヴィ夫人は海を渡る決意をしました。

22歳で第3夫人として結婚し、贈られた名前「ラトナ・サリ・デヴィ・スカルノ」には「宝石の聖なる女神」という意味が込められています。

単なる玉の輿ではなく、戦後賠償ビジネスという複雑な政治背景もありましたが、スカルノさんとデヴィ夫人の間には、立場を超えた深い愛があったと言われています。

デヴィ夫人の昔と現在の画像比較!

デヴィ夫人の外見を比較してみると、若い頃の「ハッとするようなエキゾチックな美貌」から、現在は「圧倒的なオーラを放つエレガンス」へと変化しています。

若い頃の写真は、まるで往年のハリウッド女優のような完成された美しさです。

大きな瞳と意志の強そうな口元が特徴的で、「東洋の真珠」とパリの社交界で絶賛されたのも納得のビジュアルです。

2026年現在、85歳を過ぎたデヴィ夫人ですが、驚くべきはその肌のツヤと姿勢の良さ。

若い頃の美しさが「天性」のものだとしたら、今の美しさは「徹底した自己管理と努力」によるものと言えるでしょう。

睡眠を大切にし、常に自分を磨き続けるデヴィ夫人の生き様が、現在の凛とした表情に表れていると考えられます。

まとめ

デヴィ夫人の若い頃を深掘りしてみると、ただ「運が良くて美人だった」わけではないことがよく分かります。

戦争や貧困という過酷な状況からスタートし、家族のために泥臭く働き、チャンスを逃さず英語や教養を身につけてきた、努力の人なんです。

スカルノ大統領との結婚後も、クーデターや亡命といったドラマのような逆境を何度も乗り越えてきたデヴィ夫人。

私たちがテレビで見るデヴィ夫人の強気な発言や行動は、こうした壮絶な人生経験に裏打ちされた「自信」の表れなのかもしれません。

80代を過ぎても「今が一番楽しい」と言い切るデヴィ夫人の生き方は、年齢を理由に何かを諦めがちな私たちに、大切なことを教えてくれている気がします。

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