友風のピアノ動画まとめ!実力はプロ級?音大を薦められる経歴とは

大相撲の世界で「ピアノの天才」として注目を集めているのが、中村部屋の友風さんです。

土俵上での力強い取組からは想像もつかないような、繊細で美しいピアノの音色に驚いた方も多いのではないでしょうか。

「力士がピアノを弾くなんて珍しいけれど、実力はどれくらい?」

「なぜ音大に行かなかったの?」

と、友風さんの意外な経歴が気になりますよね。

この記事を読めば、友風さんのピアノに関する以下のことがわかります。

この記事でわかること
  • SNSで話題になっている友風さんの最新演奏動画
  • 音大進学を本気で勧められた驚きの実力とレベル
  • 「天才」と称された小学校時代から現在までのピアノ経歴
目次

友風のピアノ動画まとめ!

友風さんのピアノ演奏は、主に所属する中村部屋のイベントや、ファンのSNS投稿で見ることができます。

2025年11月に開催された中村部屋の千秋楽祝賀会では、友風さんが見事な演奏を披露し、会場を沸かせました。

X(旧Twitter)ではその練習風景や本番の様子が拡散されており、大きな体格から生み出される重厚感のある音色を確認できます。

また、過去にはNHKの「新十両インタビュー」で中学時代の演奏ビデオが公開されたこともありました。

最近の動画でも、怪我の影響で右足が使いにくいため「左足でペダルを踏む」という独自のスタイルで器用に演奏する姿が印象的です。

主なレパートリーには、テオドール・エステン作曲の『人形の夢と目覚め』や、リクエストが多いという『エリーゼのために』などがあります。

友風が音大進学を薦められたのは本当?

友風さんが音大進学を勧められたというエピソードは、本人のインタビューでも語られています。

小学校6年生のときの音楽教諭が、友風さんの音楽的才能を目の当たりにして「音大に行ったほうがいい」と真剣にアドバイスしたそうです。

どのくらいのレベル?

友風さんのピアノの実力は完全に素人の域を超えたレベルで、作曲経験もあるそうです。

小学生時代に「ピアノの天才」として騒がれ、一時は音大進学を目指した

引用:スポーツ報知

小学生の頃には、母校の運動会で使用される応援歌を自ら作曲し、その曲は卒業から20年近く経った今でも使われ続けています。

専門家からも「深いタッチと柔らかい音色、芯のある和音」と評されるほどで、楽譜を読み込む力も非常に高いのが特徴です。

なぜピアノではなく相撲なの?

音大進学を本気で悩んだ友風さんですが、最終的に相撲の道を選んだのは「負けず嫌いな性格」が理由でした。

高校時代の相撲全国大会で準優勝した際、「準優勝のままでは終われない」という強い悔しさが芽生えたそうです。

また、大学時代にショパンの難曲を練習中に指を怪我してしまったことも、ピアノから離れて相撲に専念する一つの転機となりました。

なぜピアノが上手い?驚きのピアノ経歴とは?

友風さんがこれほどピアノに精通しているのは、1歳半という驚くほど早い時期からピアノに親しんできた環境にあります。

母の影響で自宅にあったピアノを遊び道具のように触り始め、小学校2年生からは本格的なレッスンに通い始めました。

「母が弾いていたピアノが家にあったので、ピアノは遊びの一つでした。皆さんが想像するよりはるかに大きな子どもだったので、ちゃんと椅子に座って弾いていたそうで、写真も残っています。本格的に習い始めたのは小学校2年生。母も長く習っていた先生に、週1回、家でレッスンを受けていました」。

引用:ONTOMO

「曲が形になると何時間でも弾いていられた」と語るほど、当時から抜群の集中力を持っていたようです。

小学校時代

川崎市立宮前小学校時代、友風さんはすでに「ピアノの天才」として有名でした。

学校から帰ってきたら遊びに行く前に1時間、週末は3、4時間の練習。

クラシックを基礎から徹底的に弾き込まれたそうです。

先述した運動会の応援歌作曲に加え、音楽行事では欠かせない存在として活躍。

この時期の豊かな感性が、現在の表現力豊かな演奏の礎となっています。

中学校時代

川崎市立富士見中学校に進学すると、柔道部に所属しながらも3年間連続で合唱コンクールの伴奏を務めました。

スポーツと音楽の両立を見事にこなし、クラスメートからの信頼も厚かったエピソードが残っています。

高校時代

向の岡工業高校では相撲部に所属し、一気に相撲の才能が開花します。

全国大会での準優勝という結果から「準優勝のままでは引き下がれない。大学でさらに相撲を磨こう」と決意。

ピアノはリフレッシュのための大切な趣味として続けられていました。

大学時代

日本体育大学へ進学後、さらに厳しい稽古の日々が始まります。

この時期に、大好きなショパンの曲を練習していたところ指を痛めてしまい、一時はピアノを中断せざるを得なくなりました。

大相撲入門後

2017年の入門後、友風さんにとってピアノは「心のリフレッシュ」に欠かせないものとなりました。

2019年には大怪我を経験し、長いリハビリ生活を送りましたが、その辛い時期を精神的に支えたのもピアノの音色だったそうです。

現在でも、親方や関取衆が集まる場でリクエストに応えて演奏するなど、音楽を通じて周囲を和ませる存在となっています。

まとめ

この記事では、大相撲の中村部屋で活躍する友風さんのピアノの実力や経歴について詳しくお伝えしました。

1歳半からピアノに触れ、小学校では応援歌を作曲するほどの才能を持っていた友風さん。

一時は音大進学を勧められながらも、相撲への情熱から土俵の道を選んだというドラマチックな背景がありました。

現在は怪我を乗り越え、土俵の上で力強い相撲を見せると同時に、ピアノの演奏でも多くのファンを魅了しています。

多才な友風さんが、今後どのような取組と音色を届けてくれるのか非常に楽しみですね。

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