星野真里の実家は金持ち?曽祖父は実業家で大地主説の真相も調査

星野真里さんは、地域を代表する商家として栄えた裕福な旧家の出身です。

実家は上福岡駅前のたばこ店で、曽祖父は銀行経営や鉄道建設にも携わった実業家・星野仙蔵さん。さらにネット上では「上福岡駅一帯の大地主」という説も広まっていますが、その出所をたどると意外な事実が見えてきました。

目次

星野真里の実家は金持ち?裕福な旧家の出身だった

出典:Instagram

結論からいうと、星野真里さんはかつて地域の有力者だった、歴史ある商家の家系に生まれています。

曽祖父は銀行経営や鉄道建設に携わった実業家で、先祖が営んでいた回漕問屋は明治時代に最盛期を迎えました。

さらに、星野真里さんは5人きょうだいの真ん中として育ち、幼い頃から児童劇団へ通いながら青山学院中等部・高等部・大学へ進学しています。

こうした家系や生い立ちを見ると、「星野真里さんの実家は金持ち」といわれるのも納得できます。

星野真里の実家は上福岡駅前のたばこ店

星野真里さんの実家は、埼玉県上福岡市、現在のふじみ野市にあるたばこ店です。

本人も2008年に公式ブログで、次のように明かしていました。

うちの実家はタバコ店を営んでおりまして

引用元:星野真里オフィシャルブログ「誇らしい父」

たばこ店の横には、たばこや缶ジュースを販売する自動販売機が数台設置されていたそうです。

星野真里さんも幼い頃、店番や自動販売機への商品の補充を手伝っていました。

ある日、へこんだ缶を自動販売機へ入れようとしたところ、父親から「これはお父さんが買うよ」と止められたといいます。

商品を購入する人への誠実な姿勢を、父親の働く姿から学んだのでしょう。

出典:X

Xには、星野真里さんの実家として知られるたばこ店を撮影した投稿があります。2026年にも店舗の写真が投稿されており、現在も駅前の店として認知されていることが分かります。

星野真里の実家が金持ちといわれる3つの理由

星野真里さんの実家が金持ちといわれる背景には、次の3つの理由があります。

  • 曽祖父が実業家・政治家として活躍した
  • 先祖が回漕問屋「福田屋」を営んでいた
  • 5人の子供を育てながら芸能活動や進学を支えた

それぞれ詳しく見ていきましょう。

理由①曽祖父・星野仙蔵が実業家や政治家として活躍した

1つ目の理由は、星野真里さんの曽祖父にあたる十代目・星野仙蔵さんが、地元を代表する実業家・政治家だったことです。

星野仙蔵さんは1870年に生まれ、回漕問屋「福田屋」の当主を務めました。

事業を営む一方で、次のような分野でも活躍しています。

  • 川越銀行の経営
  • 埼玉県会議員
  • 衆議院議員
  • 東上鉄道の建設
  • 剣道の普及

特に大きな功績として知られているのが、現在の東武東上線につながる東上鉄道の建設です。

星野仙蔵さんは地域の有力者として、鉄道建設の資金集めや用地確保に尽力しました。

埼玉新聞でも、1914年に開設された上福岡駅の敷設に尽力した人物であり、星野真里さんのひいおじいさんと紹介されています。

地域の交通や経済の発展に関わった人物を曽祖父に持つことが、「星野真里さんはお金持ちの家系」というイメージにつながったのでしょう。

理由②先祖が回漕問屋「福田屋」を営んでいた

2つ目の理由は、星野家が回漕問屋「福田屋」を営む有力商家だったことです。

回漕問屋とは、船を使って人や荷物を運ぶ水運業者のこと。

鉄道やトラックが普及する前の江戸時代から明治時代にかけて、河川を利用した物流は地域経済に欠かせない存在でした。

星野家では、七代目・星野仙蔵さんが1831年に新河岸川の福岡河岸で回漕業を始めたとされています。

福田屋は江戸と川越周辺を結ぶ物流を担い、明治20年代に最盛期を迎えました。

当時の敷地内には主屋や離れ、文庫蔵、穀物倉など十数棟の建物が並んでいたといいます。

これだけの建物を構え、地域の物流を支える事業を展開していたことから、当時の星野家が相当な財力を持つ有力商家だったことがうかがえます。

理由③5人きょうだいを育てながら劇団や進学を支えた

3つ目の理由は、星野真里さんの育った家庭環境です。

星野真里さんは、姉・兄・本人・弟・妹という5人きょうだいの真ん中に生まれました。

小学1年生の頃に児童劇団へ入り、子役としての仕事と学業を両立。青山学院中等部・高等部を経て、青山学院大学文学部フランス文学科へ進学しています。

出典:ameblo.jp

ネット上でも、「5人きょうだいを育てながら劇団や私立学校への進学を支えた家庭は裕福だったのではないか」という投稿が見られます。

もちろん、子供の人数や進学先だけで資産額まで判断することはできません。

それでも、5人の子供を育てながら、芸能活動や中学受験への挑戦を支えられる家庭環境だったことは、実家が裕福だったと考えられる材料の一つです。

星野真里の実家は大地主?駅前の不動産所有説を調査

星野真里さんの実家には、「上福岡駅周辺の大地主」という噂があります。

しかし、調査した限りでは、父親が駅前の土地や建物を多数所有していることを裏付ける公的資料や本人の発言は確認できませんでした。

確認できたのは、実家のたばこ店が駅前にあることと、星野家が地域の発展に関わってきた歴史ある商家であることまでです。

「上福岡駅一帯の大地主」という投稿が広まっている

ネット上では、星野真里さんの実家について「上福岡駅一帯の大地主」「相当な資産家一族」という投稿があります。

実家のたばこ店が駅前の一等地にあることや、曽祖父が上福岡駅の開設に関わったことから、大地主説にも現実味があるように受け取られたのでしょう。

ただし、ネット上の投稿には、所有する土地の範囲や登記情報、資産額などの具体的な根拠は示されていません。

そのため、ネット上で大地主といわれていることは確認できても、その投稿だけで現在の星野家を大地主と判断することはできません。

大地主説の出所は2015年の個人ブログによる推測

大地主説をたどると、2015年8月に公開された個人ブログに行き着きます。

その記事では、上福岡駅前に星野姓のたばこ店があることや、周辺に銀行や商業施設があることから、星野家が土地を所有している可能性を考察していました。

しかし、記事を書いた本人も、その部分について自身の頭の中で考えた想像であることを明記しています。

つまり、父親が駅前の土地を相続したことや、周辺の施設から地代を得ていることを取材で確認したわけではありません。

その後、複数のブログが同様の説を紹介したことで、ひとりの筆者による推測が事実に近い情報として広まった可能性があります。

複数のサイトに同じ内容が掲載されていても、元をたどれば同じ個人ブログであれば、独立した複数の根拠があるとはいえませんよね。

家系は裕福だったが現在の大地主説は根拠不足

星野家がかつて地域を代表する有力商家だったことは、ふじみ野市の資料や保存されている建物から確認できます。

一方、現在の父親が上福岡駅周辺の土地を多数所有しているという説には、確かな裏付けがありません。

そのため、星野真里さんについては、「裕福な旧家の出身」とはいえるものの、「現在も上福岡駅一帯の大地主」とまでは断定できないというのが妥当です。

星野真里の祖父は誰?有名なのは曽祖父の星野仙蔵

「星野真里さんの祖父は誰?」と検索されていますが、名前や経歴が広く知られているのは祖父ではなく、曽祖父の星野仙蔵さんです。

星野真里さん本人の祖父について、名前や職業などの詳しい情報は公表されていません。

ネット記事によっては祖父と曽祖父が混同されていますが、埼玉新聞でも星野仙蔵さんは星野真里さんの「ひいおじいさん」と紹介されています。

星野仙蔵は東武東上線の建設にも尽力した

星野仙蔵さんは、東上鉄道の発起人の一人として鉄道建設に携わりました。

東上鉄道は、現在の東武東上線の前身です。

鉄道建設には多額の資金や広い土地が必要で、沿線地域の協力も欠かせません。

星野仙蔵さんは地域の有力者として資金集めや用地確保に動き、上福岡駅の開設にも力を尽くしました。

実家のたばこ店が上福岡駅の近くにあることから、こうした家系の歴史と現在の立地が結びつき、大地主説へ発展した可能性もありそうです。

福田屋の建物は福岡河岸記念館として残されている

出典:ふじみ野市

星野家が営んでいた福田屋の建物の一部は、現在もふじみ野市に残されています。

主屋や離れ、文庫蔵などが保存され、ふじみ野市立福岡河岸記念館として一般公開されています。

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