歌舞伎界のプリンスとして注目を集める八代目市川染五郎さん。
2026年5月からは舞台『ハムレット』でストレートプレイ初主演を控え、ますます活躍の場を広げています。
そんな市川染五郎さんですが、「大学はどこに通っているの?」「学歴はどうなっているの?」と気になっている方も多いのではないでしょうか。
実は市川染五郎さんは大学に進学しておらず、名門・青山学院高等部を高校2年生で中退していたのです。
この記事では、大学進学しなかった背景や学歴の全体像を、信頼できる報道情報をもとに丁寧に整理していきます。
- 市川染五郎さんが大学に進学しなかった理由
- 青山学院高等部を中退した詳しい経緯
- 幼稚園から高校までの学歴と学生時代のエピソード
市川染五郎さんは大学に進学していない

市川染五郎さんは大学に進学していません。最終学歴は青山学院高等部の中退です。
歌舞伎界の御曹司として幼少期から舞台に立ち続けてきた市川染五郎さんは、学業ではなく歌舞伎役者としての道を選んだのですね。
2005年3月27日生まれの市川染五郎さんは、2026年4月現在で21歳。
本来であれば大学生の年齢ですが、学校には通っていません。
最終学歴は青山学院高等部中退
市川染五郎さんの学歴は、青山学院高等部中退が最終学歴です。
幼稚園から一貫校に通っていたため、そのまま内部進学で青山学院大学に進める環境にありました。
実際、1学年上の親友・市川團子さん(香川照之さんの長男)は同じ青山学院大学文学部へ内部進学しています。
それだけに、市川染五郎さんの中退は当時「もったいない」との声もあがりました。
中退は高校3年進級前の2022年春
市川染五郎さんの中退時期は、高校3年進級前の2022年3月までと見られています。
週刊誌『女性自身』が2022年5月24日に配信した記事で、高校3年生への進級を前に中退していたことが報じられました。
当時の市川染五郎さんは17歳。NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』で源義高役を繊細に演じ、ネット上で「義高ロス」という言葉が飛び交うほどの話題を集めていた時期と重なります。
注目を浴びる中での決断だったのですね。
市川染五郎さんが大学進学しなかった理由
市川染五郎さんが大学進学しなかった最大の理由は、多忙による出席日数・成績不足で留年が濃厚になったこと、そして芸事に専念するという本人の覚悟でした。
単なる「勉強嫌い」ではなく、歌舞伎役者として大切な時期だからこそ下した決断だったと報じられています。
そもそも大学進学以前に、高校3年生への進級が難しい状況だったのです。
ここでは中退に至った経緯を3つの角度から整理していきましょう。
歌舞伎・ドラマ・モデル業で多忙を極めていた
青山学院高等部に通っていた時期、市川染五郎さんの仕事量は爆発的に増加していました。
歌舞伎の舞台はもちろん、アニメ映画、ドラマ、モデル、CMと、異業種の仕事が次々と舞い込んでいたのです。
週刊誌『女性自身』は歌舞伎関係者の証言として、次のような内容を報じています。
「昨年公開のアニメ映画で声優に初挑戦し、モデル業もこなすなど、ここ数年で異業種の仕事が激増。『鎌倉殿』も高校に通いながら撮影に臨んでいました」
2021年には映画『サイダーのように言葉が湧き上がる』で声優初挑戦・映画初主演を果たし、2022年には『鎌倉殿の13人』へ出演。
さらにシュウ ウエムラの日本ブランドアンバサダーやヴェルサーチェのキャンペーンにも起用されるなど、まさに引っ張りだこの状態でした。
出席日数と成績不足で留年が濃厚に
多忙な日々が続いた結果、市川染五郎さんは進級に必要な出席日数と成績が足りない状況に陥っていたと報じられています。
留年が濃厚となり、このタイミングで中退を決断したそうです。
『女性自身』の記事では、関係者が「進級するための出席日数と成績に届かなくなり、留年が濃厚になったことで中退を決意したと聞いています」と明かしています。
稽古や撮影を優先せざるを得ない状況で、学業との両立は現実的に難しかったのでしょう。
ちなみに梨園の先輩にも似た事例があり、十一代目市川海老蔵(現・十三代目市川團十郎白猿)さんも青山学院高等部で留年を経験し、堀越高校へ編入しています。
歌舞伎役者の子弟が抱えるジレンマは、時代を超えて共通しているのかもしれません。
「芸事に専念したい」という本人の決意
最終的に中退を決めた背景には、歌舞伎役者として生きていくという市川染五郎さん本人の強い覚悟があったと報じられています。
父・松本幸四郎さんも息子の気持ちを尊重し、中退を承諾したそうです。
『女性自身』の記事によると、関係者はこう語っています。
「勉強は苦手ながら高校はきちんと卒業したいという思いもあったそうですが、歌舞伎役者として成長していくなかで、いちばん大切な時期でもあります。そこで、”芸事がおろそかになるくらいなら”と中退を決断したのでしょう」
17歳の市川染五郎さんはスポーツ報知のインタビューで「いま、大人でも子どもでもありません。でも、この時期にしかできないこと、出せないことがある。それを大切にしたいんです」と語っており、自分の立ち位置を冷静に見つめていた様子がうかがえますね。
市川染五郎さんの学歴一覧(幼稚園〜高校)
市川染五郎さんの学歴を整理すると、幼稚園から高校まですべて青山学院の系列校に通っていました。
大学進学しなかったとはいえ、都内屈指の名門校でエリート教育を受けてきた経歴の持ち主です。
青山学院は幼稚園から大学までエスカレーター式で進学できる一貫校で、幼少期から稽古に忙しい歌舞伎役者の子弟にとって理想的な環境といわれています。
順を追って学歴を見ていきましょう。
幼稚園〜小学校は青山学院(お受験で入学)
市川染五郎さんは青山学院幼稚園を経て、青山学院初等部に入学したと報じられています。
青山学院初等部は「小学校受験御三家」の一つに数えられる超難関校で、お受験を突破しての入学でした。
青山学院初等部は歌舞伎役者の子弟や芸能人の子供が数多く通うことでも有名です。
中村勘九郎さん、中村七之助さん、尾上菊之助さん、市川團十郎さん、中村橋之助さん・福之助さん・歌之助さん兄弟など、そうそうたる顔ぶれが同校の出身者に名を連ねています。
市川染五郎さんも小学生の頃から美術クラブに所属し、歌舞伎や歴史に関する絵を描いていたそうですよ。
中学校は青山学院中等部へ内部進学
小学校卒業後、市川染五郎さんはそのまま青山学院中等部へ内部進学しました。
2018年5月に行われた青山学院校友会中等部会の講演に父・松本幸四郎さんと共に登壇していたことから、中等部在校生であったことが確認されています。
中学2年生だった2018年1月には、歌舞伎座『勧進帳』の源義経役で八代目市川染五郎を襲名しました。
祖父・二代目松本白鸚、父・十代目松本幸四郎との親子孫三代同時襲名という、歌舞伎史に残る大きな節目を13歳で経験したのです。
襲名以降は大人の役を演じることも増え、役者としての自分を見つめ直す時期でもあったと振り返っています。
高校は青山学院高等部(中退)
中等部を卒業後、市川染五郎さんは青山学院高等部へ内部進学しましたが、冒頭でお伝えしたとおり高校2年生の終わりに中退しています。
青山学院高等部の偏差値は70前後(2025年度基準で71〜72)とされ、都内トップクラスの難関校です。
高校時代には、1学年上に親友の市川團子さんが在籍していました。
市川團子さんは香川照之さんの長男で、小学校のチャペル前で声をかけたことをきっかけに大親友になったそうです。
市川染五郎さんは人見知りな性格で、歌舞伎役者でここまで親しくなったのは市川團子さんだけだと報じられています。
仲良しの親友とは高校で別々の道を歩むことになりましたが、現在も歌舞伎の世界で切磋琢磨し続けているのですね。
市川染五郎さんの学生時代のエピソード
市川染五郎さんの学生時代を語るうえで外せないのが、徹底した勉強嫌いと、歌舞伎への並々ならぬ情熱です。
名門・青山学院に通いながらも、本人は学業よりも芸事に心を奪われていたことがインタビューからも伝わってきます。
ここでは公表されているエピソードを中心に、市川染五郎さんの意外な素顔を掘り下げていきましょう。
勉強嫌いを公言していた学校生活
市川染五郎さんはインタビューで何度も「勉強嫌い」を公言してきました。
中学時代から学業と仕事の両立に苦労していたそうで、その葛藤は発言の端々からにじみ出ています。
ファッション誌『with』の2021年10月取材では「好きな教科はないです。全部苦手だし、全部嫌いです。1番嫌いなのは数学です」と語り、『婦人公論』2018年1月23日号では「歌舞伎のセリフを頭に入れるより、英単語を覚えるほうがずっと大変(笑)」と話していました。
『女性自身』のインタビューでは「勉強が世界になければ、もっとのびのび生きられるのに」とも語っており、勉強への苦手意識がかなり強かったことがわかりますね。
一方で、歌舞伎の演目について文献で調べることは大好きで、歴史上の人物を演じる際には歴史書を読み込むほどの「歌舞伎オタク」ぶりを見せていたそうです。
好きなことには徹底的に打ち込むタイプなのかもしれません。
親友・市川團子さんとの青学時代

市川染五郎さんの学生時代を語るうえで外せないのが、同じく青山学院に通っていた市川團子さんとの親交です。
1学年上の先輩である市川團子さんとは、小学校時代から美術部の先輩後輩として深い絆を育んできました。
仲の良さを示すエピソードとして、市川團子さんは市川染五郎さんを「いっくん」(本名・藤間齋にちなむ愛称)と呼んでいるのに対し、市川染五郎さんは人見知りな性格ゆえ市川團子さんの名前を一度も呼んだことがなく「ねえ」と呼びかけるそうです。
なんとも微笑ましいエピソードですよね。
市川團子さんは2022年に青山学院大学文学部へ内部進学しており、染五郎さんが中退したため大学で一緒に学ぶことは叶いませんでした。
しかし歌舞伎の世界では現在も同世代のライバルとして、お互いに刺激を与え合う存在であり続けています。
同級生には長嶋一茂さんの娘も
市川染五郎さんの学生時代の同級生には、元プロ野球選手の長嶋一茂さんの双子の娘がいると報じられています。
幼稚園から高校まで一緒だった同級生で、父・松本幸四郎さんと長嶋一茂さんもパパ友として親交が深いそうです。
NEWSポストセブンの2018年12月14日配信記事では「一茂さんの双子の娘さんと幸四郎さんの息子・市川染五郎さん(13才)は今、同じ学校の同級生」と報じられていました。
青山学院が梨園だけでなく芸能界・スポーツ界のファミリーから選ばれる学校であることがよくわかりますね。
歌舞伎役者が高校中退・大学進学しないのは珍しい?
歌舞伎役者が高校中退や大学進学を見送るケースは決して珍しくありません。
むしろ市川染五郎さんと似た道を選んできた梨園の先輩たちが何人もいます。
歌舞伎界では「学歴よりも芸」という価値観が根強く、早くから舞台に専念する選択が尊重される文化があるのです。
青山学院の付属校は「梨園御用達校」として知られており、歌舞伎役者の子弟が数多く通ってきました。
そのなかで同じような決断を下した先輩たちの存在も見ておきましょう。
市川海老蔵さんら梨園の先輩にも中退・転校の前例
市川染五郎さんの選択は、梨園では決して特別なものではありません。
十一代目市川海老蔵(現・十三代目市川團十郎白猿)さんも青山学院高等部で留年を経験し、堀越高校へ編入して卒業しています。
海老蔵さんは大学には進学していません。
また、八代目中村芝翫さんは青山学院中等部まで通いましたが、歌舞伎に専念するため高校には進学していないとのことです。
こうした先輩たちの選択が、市川染五郎さんの中退判断にも少なからず影響を与えた可能性があると報じられています。
歌舞伎役者は襲名や稽古といった独自の世界で生きていくため、一般的な意味での「学歴が仕事に直結する」わけではありません。
そのため、芸事に全力を注ぐという選択が自然に受け入れられる土壌があるのですね。
青山学院は梨園御用達校として有名
青山学院の付属校は、歌舞伎役者の子弟が集まる「梨園御用達校」として知られています。
中村勘九郎さん、中村七之助さん、尾上菊之助さん、市川團十郎さん、中村橋之助さん・福之助さん・歌之助さん兄弟など、そうそうたる顔ぶれが同校を卒業してきました。
青山学院が選ばれる理由は大きく2つあります。第一に、幼稚園から大学までエスカレーター式で内部進学できるため、受験勉強に時間を割かずに稽古へ集中できる環境が整っている点。
第二に、自由な校風で知られ、仕事と学業の両立に対して比較的柔軟な姿勢を持っていると言われている点です。
市川團十郎さんの子どもたち(四代目市川ぼたんさん、八代目市川新之助さん)も青山学院初等部に通っており、歌舞伎界と青山学院の強いつながりは今も続いています。
市川染五郎さんが青山学院に通っていたのは、ごく自然な選択だったといえるでしょう。
まとめ
市川染五郎さんが大学進学しなかった理由は、多忙による出席日数・成績不足で留年が濃厚になったこと、そして歌舞伎役者として芸事に専念するという本人の覚悟があったからでした。
幼稚園から青山学院に通い、高校2年生までエスカレーター式で進学してきましたが、歌舞伎・ドラマ・声優・モデル業と仕事が激増した結果、2022年春に青山学院高等部を中退しています。
市川海老蔵さんや中村芝翫さんら梨園の先輩にも同様の前例があり、歌舞伎界では決して珍しい選択ではないのですね。
2026年5月からは舞台『ハムレット』で祖父・父に続く三代目ハムレットとして初主演を務めます。
学歴よりも芸を選んだ市川染五郎さんの今後の活躍に、ますます期待が高まりますね。


コメント