2026年の『R-1グランプリ』で優勝し、一躍注目を集めた今井らいぱちさん。
現在はピン芸人として活動していますが、以前は「ヒガシ逢ウサカ」というコンビを組んでいました。
約10年間活動したコンビだけに、なぜ解散したのか、元相方は現在何をしているのか気になりますよね。
そこで今回は、ヒガシ逢ウサカの解散理由や元相方・高見雄登さんとの現在の関係、今井らいぱちさんの過去について調べました。
この記事で分かることは以下のとおりです。
- ヒガシ逢ウサカの解散理由
- 今井らいぱちさんの元相方と現在の活動
- 今井らいぱちさんが得意とするものまね
- 教師を目指していた学生時代
- コンビ解散からR-1優勝までの経歴
今井らいぱちとヒガシ逢ウサカの解散理由は?
今井らいぱちさんが活動していたヒガシ逢ウサカの詳しい解散理由は公表されていません。
公式発表で明らかになっているのは、2人で話し合った結果、解散を決めたということだけです。
ただし、今井らいぱちさんは当初、コンビの解散やピン芸人への転向を望んでいなかったことを明かしています。
公式発表では「コンビで話し合った結果」と説明
ヒガシ逢ウサカは2020年9月28日、それぞれのSNSを通じて解散を発表しました。
当時、今井らいぱちさんは次のように報告しています。
コンビで話し合った結果、10月4日の舞台を最後に、ヒガシ逢ウサカを解散することが決まりました。
引用元:FANY Magazine
今井らいぱちさんは応援してくれたファンや関係者に感謝しながら、「売れるとこを見せれなくて、すいませんでした」ともつづっていました。
一方、元相方の高見雄登さんも約10年間の活動を振り返り、「今井としかできないことをたくさんやらせていただきました」と感謝を伝えています。
しかし、2人とも解散に至った具体的な事情には触れていません。そのため、どちらが解散を切り出したのか、どのような話し合いが行われたのかは公表されていません。
今井らいぱちは解散を望んでいなかった
今井らいぱちさんは、積極的にヒガシ逢ウサカの解散を望んでいたわけではありません。
よしもと漫才劇場の公式YouTubeで公開されたインタビューでは、今井らいぱちさん自身が解散を望んでいなかったことが紹介されています。
動画のタイトルも「ピン芸人になりたくなかった男」となっており、解散前からピン芸人を目指していたわけではないことが分かります。
ピン芸人になって半年ほどたった時期のインタビューでも、「それまでピン芸人でやっていくことを考えたことがなかった」と話していました。
コンビを解散すると、当時所属していたよしもと漫才劇場のメンバーからも外れるため、今後やっていけるのか不安だったそうです。
これらの発言から、今井らいぱちさんにとってコンビ解散は本意ではなく、話し合いの末に受け入れた決断だったと考えられます。
ただし、高見雄登さんが解散を希望した理由までは明らかになっていません。
不仲や方向性の違いが原因だった?
ヒガシ逢ウサカが不仲を理由に解散したという情報は確認できませんでした。
コンビの解散理由としては、不仲や芸風の違い、活動方針のズレなどがよく挙げられます。しかし、今井らいぱちさんと高見雄登さんは、解散発表で相手を批判していません。
高見雄登さんは「今井としかできないことをたくさんやらせていただきました」と、コンビで過ごした時間を肯定的に振り返っています。
今井らいぱちさんも、高見雄登さんへの不満や深刻なトラブルを公表していません。
筆者としては、今井らいぱちさんの「売れるとこを見せれなくて、すいませんでした」という言葉から、約10年間活動する中で今後の芸人人生を見直したことが、話し合いのきっかけになった可能性はあると考えます。
ただし、これは公表された言葉をもとにした考察です。不仲や方向性の違いが解散理由だったとは断定できません。
ヒガシ逢ウサカはいつ解散した?
ヒガシ逢ウサカが正式に解散したのは、2020年10月4日です。
一部のプロフィールには「2020年9月解散」と記載されていますが、9月28日は解散を発表した日。コンビとして最後の舞台に立ったのが10月4日でした。
2020年9月28日に解散を発表
今井らいぱちさんと高見雄登さんは、2020年9月28日にSNSでヒガシ逢ウサカの解散を発表しました。
突然の発表だったこともあり、SNSではコンビの解散を惜しむ声が相次いだと報じられています。
ヒガシ逢ウサカは、2018年に『NHK上方漫才コンテスト』の決勝へ進出。2019年には『ネタパレ NEW YEARグランプリ』で優勝するなど、実力派コンビとして知られていました。
なお、一部の記事では『NHK上方漫才コンテスト』で準優勝したと紹介されています。しかし、確認できた実績は決勝進出までです。2018年の優勝者はアインシュタインでした。
2020年10月4日の舞台を最後に解散
ヒガシ逢ウサカは2020年10月4日、大阪で開催された舞台への出演を最後に解散しました。
最後に出演したのは、以下の公演です。
- 『大笑い祭リンピック2020』
- 久馬歩責任編集『月刊コント10月号』
解散後も2人は芸人を辞めず、それぞれ別の道で活動すると発表しています。
そのため、「今井らいぱちはいつ解散した?」という質問への正確な答えは、2020年9月28日に解散を発表し、10月4日に正式解散したとなります。
今井らいぱちの元相方・高見雄登はどんな人?
今井らいぱちさんの元相方は、高見雄登(たかみ・ゆうと)さんです。
高見雄登さんも今井らいぱちさんと同じNSC大阪校33期生で、ヒガシ逢ウサカではツッコミを担当していました。
現在も吉本興業に所属し、お笑い芸人として活動しています。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 高見雄登 |
| 芸名 | 高見 |
| 生年月日 | 1984年9月16日 |
| 出身地 | 大阪府東大阪市 |
| 身長・体重 | 176cm・70kg |
| 血液型 | B型 |
| 特技 | 英語、剣道初段 |
| 現在のコンビ | スーズ |
| 所属 | 吉本興業 |
NSCの授業で出会いヒガシ逢ウサカを結成
今井らいぱちさんと高見雄登さんは、NSC大阪校の授業で出会いました。
NSC在学中、生徒が自己紹介をする授業で、高見雄登さんは、はっきりと話していた今井らいぱちさんに好印象を持ったそうです。
偶然近くの席に座っていたこともあり、高見雄登さんから声をかけ、コンビ結成につながりました。
ヒガシ逢ウサカは2人にとって初めて組んだコンビです。NSC在学中から約10年間にわたり、よしもと漫才劇場を中心に活動しました。
資料によって結成年が2010年と2011年に分かれていますが、NSC在学中にコンビを組み、その後、本格的に活動を始めたと考えられます。
コンビ名は2人の出身地に由来
「ヒガシ逢ウサカ」というコンビ名は、2人の出身地を組み合わせて名付けられました。
高見雄登さんの出身地である「東大阪」と、今井らいぱちさんの出身地・滋賀県大津市逢坂の「逢坂」を合わせた名前です。
当初は「東逢坂」という漢字表記でしたが、その後、カタカナと漢字を組み合わせた「ヒガシ逢ウサカ」に改名しました。
2人のルーツがそのまま表れたコンビ名だったのですね。
高見雄登は現在「スーズ」で活動中
高見雄登さんはヒガシ逢ウサカの解散後、一時期「高見」名義のピン芸人として活動していました。
その後、2021年8月26日に、NSC大阪校32期の黒木すずさんとお笑いコンビ「スーズ」を結成。現在も吉本興業に所属し、劇場や賞レースを中心に活動しています。
一部の競合記事では、ヒガシ逢ウサカの解散後に元相方が芸人を引退したと書かれています。しかし、高見雄登さんが引退したという情報は誤りです。
今井らいぱちさんだけでなく、高見雄登さんも現在まで芸人を続けています。
今井らいぱちと元相方・高見雄登の現在の関係は?
今井らいぱちさんと高見雄登さんが、現在どの程度交流しているのかは公表されていません。
ただし、解散後に関係が悪化したと判断できる情報はなく、元相方同士の対立やトラブルも報じられていません。
解散後も高見雄登は芸人を継続
ヒガシ逢ウサカの解散時、今井らいぱちさんと高見雄登さんは、2人とも芸人を続けると発表しました。
今井らいぱちさんはピン芸人、高見雄登さんはピンでの活動を経てスーズのメンバーとなっています。
コンビ解散後はそれぞれ別の道を歩んでいるため、共演する機会は少なくなりました。
プライベートで連絡を取っているのか、定期的に会っているのかまでは明かされていません。そのため、現在も頻繁に交流しているとまでは言い切れません。
R-1優勝時には元相方もエールを送っていた
2026年の『R-1グランプリ』で今井らいぱちさんが優勝した際には、高見雄登さんも元相方の挑戦を見守っていました。
大会後の関連番組では、高見雄登さんのインタビューも放送されています。
約10年間一緒に活動してきた元相方が、ピン芸人日本一を決める舞台で優勝したことには、高見雄登さんも特別な思いがあったのでしょう。
現在の詳しい関係性は公表されていませんが、解散後も対立が続いていると判断できる情報はありません。
今井らいぱちは誰のものまねをしていた?
今井らいぱちさんは、芸人のものまねを得意としています。
特に有名なのが、元和牛・川西賢志郎さんのものまねです。ヒガシ逢ウサカ解散後の大きな転機にもなりました。
和牛・川西賢志郎のものまねで注目された
今井らいぱちさんは、2020年12月放送の『オールザッツ漫才2020』で、川西賢志郎さんのものまねを取り入れたネタを披露しました。
川西賢志郎さんの話し方やツッコミを再現したネタが高く評価され、ネタバトルで優勝しています。
今井らいぱちさんは後のインタビューで、コンビを組んでいたらやらなかったようなネタであり、ピン芸人だからこそできたと振り返っていました。
本人の希望とは異なる形で始まったピン芸人生活でしたが、解散から約3か月で、ピンだからこそできる芸を見つけたことになります。
今井らいぱちさんが「誰のまねをしていた?」と聞かれた場合、最も代表的な答えは川西賢志郎さんです。
笑い飯・哲夫など芸人ものまねも得意
今井らいぱちさんは、川西賢志郎さん以外のものまねも披露しています。
代表的なレパートリーは以下のとおりです。
- 笑い飯・哲夫さん
- 笑い飯・西田幸治さん
- 元和牛・川西賢志郎さん
- 長渕剛さんのような歌い方
- 学生時代の学校の先生
今井らいぱちさんは、もともと小学生のころからテレビ番組のキャラクターをまねして、同級生を笑わせていました。
中学時代には、学校の先生の話し方や癖もものまねしていたそうです。
吉本興業の公式プロフィールでも、特技として「モノマネ」が挙げられています。人物の特徴をつかんで演じる力は、現在の1人コントにも生かされているのでしょう。
今井らいぱちは昔何をしていた?
今井らいぱちさんは芸人になる前、高校では野球に打ち込み、大学では教師を目指していました。
小学生の卒業文集には将来の夢として「お笑い芸人」と書いていましたが、一度は教員の道へ進もうとしていたのです。
高校時代は野球部のキャプテン
今井らいぱちさんは高校時代、野球部に所属していました。
朝5時に起きて朝練へ行き、放課後は夜9時から10時ごろまで練習する生活を約3年間続けていたそうです。
高校3年生ではキャプテンを任され、甲子園を目指して練習していました。しかし、キャプテンとしての重圧から試合で結果を残せなくなり、秋の大会でレギュラーから外れています。
その試合で代打を任されると、今井らいぱちさんはホームランを放ちました。その一打でコールド勝ちが決まったという、ドラマのような経験も明かしています。
当時の守備位置と打順がライト・8番だったことが、現在の芸名「らいぱち」の由来になりました。
大学では教師を目指して教員免許を取得
高校時代の今井らいぱちさんは、教師になることを目指していました。
高校卒業後は教員免許を取得できる大学へ進学。大学では、高校の保健体育と商業の教員免許を取得しています。
教育実習では高校2年生のクラスを担当し、生徒から下の名前の「まさと」と呼ばれるほど近い距離で接していたそうです。
今井らいぱちさんは、友達のような感覚で生徒と接する、気さくな教師を目指していました。
現在披露している学校の先生を題材にしたネタや、熱量の高い話し方には、教育実習や野球部での経験も生かされているのかもしれません。
教員採用試験を経てNSC大阪校へ入学
今井らいぱちさんは大学で教員免許を取得し、教員採用試験も受験しました。
しかし、採用試験の筆記科目が思うようにできず、教師になるのは難しいと感じたそうです。
そこで、子どものころから好きだったお笑いに一度挑戦しようと考え、2010年にNSC大阪校へ入学しました。
NSC大阪校33期の同期には、以下の芸人がいます。
- コロコロチキチキペッパーズ
- 霜降り明星
- ZAZYさん
- マユリカ
- 男性ブランコ
- kento fukayaさん
今井らいぱちさんは『M-1グランプリ』で笑い飯の漫才を見たことをきっかけに、お笑いをさらに好きになったと話しています。
教師を目指した経験を経て、最終的には小学生の卒業文集に書いた「お笑い芸人」という夢を実現しました。
コンビ解散後に今井らいぱちとして再出発
ヒガシ逢ウサカ解散後、今井将人さんは「今井らいぱち」に改名し、ピン芸人として再出発しました。
当初は不安を抱えていましたが、『オールザッツ漫才』での優勝をきっかけに、自分に合ったピン芸を見つけていきます。
芸名は見取り図・盛山晋太郎が命名
「今井らいぱち」という芸名の名付け親は、見取り図の盛山晋太郎さんです。
コンビ解散後、新しい芸名を考えていた今井さんは、周囲の芸人に相談していました。
当初は、ゆりやんレトリィバァさんが考えた「今井まいまいまい太郎」を使用する予定だったそうです。
ところが、その名前を盛山晋太郎さんに相談したところ、高校野球時代の守備位置と打順から「今井らいぱち」を提案されました。
今井さん自身も気に入り、芸名の発表前日に急きょ変更。「らいぱち」は、ライトを守る8番打者を表す野球用語です。
高校時代の経験が芸名となり、現在では広く知られる名前になりました。
解散直後に『オールザッツ漫才2020』で優勝
今井らいぱちさんは、ヒガシ逢ウサカ解散から約3か月後の『オールザッツ漫才2020』に出場しました。
披露したのは、川西賢志郎さんのものまねを取り入れたピンネタ。コンビ時代には選ばなかった芸風で、見事優勝を果たしています。
その後、よしもと漫才劇場のオーディションにも合格し、劇場メンバーへ復帰しました。
本人が望んで始めたピン芸人ではありませんでしたが、1人だからこそ自由に挑戦できる面白さも感じるようになったと話しています。
『オールザッツ漫才2020』での優勝は、今井らいぱちさんがピン芸人として活動を続ける自信につながったのでしょう。
2026年にR-1グランプリ王者となった
今井らいぱちさんは、2026年3月21日に開催された『R-1グランプリ2026』で優勝しました。
過去最多となる6171人がエントリーした大会で、今井らいぱちさんは初めて決勝へ進出。ファーストステージでは、パワーポイントを使って高校生に特別授業をする「財前一樹」のコントを披露しました。
審査員7人から合計669点を獲得し、トンツカタン・お抹茶さんと同点首位でファイナルステージへ進出。最終決戦では7人中5人の票を集め、第24代R-1王者となっています。
コンビ解散から約5年半。望んでいなかったピン芸人への転向を乗り越え、1人芸の日本一に輝きました。
高校野球や教育実習、ヒガシ逢ウサカでの約10年間、ものまねでつかんだ最初の優勝。これまでの経験が、R-1で披露した熱量の高いコントにつながったのではないでしょうか。
まとめ
今回は、今井らいぱちさんとヒガシ逢ウサカの解散理由、元相方・高見雄登さんとの現在の関係について紹介しました。
- 詳しい解散理由は公表されていない
- 2人で話し合い、2020年10月4日に解散した
- 今井らいぱちさんは解散やピン転向を望んでいなかった
- 不仲が原因だったと判断できる情報はない
- 元相方の高見雄登さんは現在スーズで活動している
- 元和牛・川西賢志郎さんのものまねで注目された
- 高校時代は野球部、大学では教師を目指していた
- 2026年にR-1グランプリで優勝した
ヒガシ逢ウサカの詳しい解散理由は明かされていませんが、今井らいぱちさんにとってピン芸人への転向は、当初望んでいた道ではなかったようです。
それでも、自分にしかできないものまねや1人コントを磨き、R-1王者までたどり着きました。コンビ時代を含む約15年間の経験が、現在の今井らいぱちさんの芸風を作り上げたのでしょう。


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