俳優としてドラマや映画で幅広い役柄を演じ、バラエティ番組でも人気の満島真之介さん。姉は女優の満島ひかりさんとしても知られていますが、満島真之介さん自身の学歴や学生時代についてはあまり知られていないのではないでしょうか。
実は満島真之介さんは大学に進学しておらず、その理由がとてもユニークなんです。今回は、満島真之介さんの出身校や学生時代のエピソード、そして卒業後の異色の経歴について詳しくまとめました。
- 満島真之介さんの出身小学校・中学校・高校
- 大学に進学しなかったユニークな理由
- 高校卒業後から俳優デビューまでの経歴
満島真之介の学歴まとめ
満島真之介さんの最終学歴は、沖縄県立コザ高等学校卒業です。 大学には進学していません。
まずは小学校から順に、満島真之介さんの出身校を見ていきましょう。
出身小学校・中学校はどこ?
満島真之介さんの出身小学校は、沖縄市立美東(びとう)小学校です。小学生の頃からバスケットボールを始めており、幼少期の夢は「NHKの体操のお兄さん」だったそうですよ。通信簿には「落ち着きがない」と書かれていたというエピソードもあり、幼い頃から元気いっぱいだったことがうかがえますね。
中学校は沖縄市立沖縄東中学校に進学しました(2002年〜2005年)。中学時代もバスケットボール部に所属し、さらに生徒会長も務めています。なお、姉の満島ひかりさんを含む満島家の4人きょうだいは全員この中学校に通っていたことでも知られています。満島真之介さんは2018年7月に母校を訪問し、生徒の前で中学時代を振り返る講演を行いました。
出身高校は沖縄県立コザ高等学校
満島真之介さんの出身高校は、沖縄県立コザ高等学校・普通科です(2005年〜2008年卒業、偏差値46)。コザ高校は1945年開校の県立高校で、部活動が盛んなことで知られています。
高校でもバスケットボール部に所属し、バスケットボール沖縄県選抜にも選出されるほどの実力でした。さらに中学に続いて高校でも生徒会長を務めており、スポーツも学校行事もリーダーシップを発揮していた様子がわかりますね。一方で勉強は苦手だったと本人が語っており、体育教師を目指していたこともあって、スポーツに全力を注ぐ学生時代だったようです。
満島真之介が大学に進学しなかった理由
満島真之介さんは大学に進学していません。 高校時代は体育教師を目指して日本体育大学への進学を希望していましたが、あるエピソードがきっかけで進学を断念しています。
日本体育大学を志望していた
満島真之介さんのご両親はともに体育教師という環境で育ったこともあり、満島真之介さん自身も自然と体育教師を目指すようになりました。進学先として考えていたのは日本体育大学です。
また、アメリカへの留学も一時期検討していたそうですが、「そもそも日本のことをよく知らない」ということに気づき、留学の計画も取りやめています。
オープンキャンパスで進学を断念したエピソード
転機となったのは、高校3年生の夏に日本体育大学のオープンキャンパスを訪れたときのことでした。満島真之介さんがポロシャツ姿で参加したところ、大学生から「実際の体育大生よりも体育大生っぽく見える」と笑われてしまったのだそうです。
このとき満島真之介さんは「僕はいまこの大学に4年間入る必要性がないかもしれない」と感じたといいます。別のインタビューでは「大学に”人生のすべてを形成する”くらいの厳しさを求めていたので、オープンキャンパスに行った際、”ちょっと違うな”と思った」とも語っていました。ポロシャツ姿で体育大生より体育大生に見えてしまうほどの存在感が、逆に大学進学をやめるきっかけになったというのは、なんともユニークなエピソードですよね。
なお、ネット上には「拓殖大学に進学してバスケ部に所属した」という情報も見られますが、これは弟の満島光太郎さんの経歴が混同されたものであり、満島真之介さんは大学に進学していません。
満島真之介の学生時代のエピソード
満島真之介さんの学生時代は、バスケットボールとリーダーシップ、そしてユニークな人柄が光るエピソードにあふれています。
中学・高校ともにバスケ部&生徒会長
満島真之介さんは中学・高校の6年間を通じてバスケットボール部に所属し、同時に両校で生徒会長を務めました。勉強は苦手だったそうですが、スポーツと人望で学校の中心的な存在だったことがわかります。
バスケ一家として育った環境の影響も大きいでしょう。父親の満島恵作さんは沖縄市立コザ中学校の体育教師兼バスケ部顧問として、1998年にチームを全国優勝に導いた名指導者です。満島真之介さん自身も高校時代にはバスケットボール沖縄県選抜に選ばれるなど、かなりの実力の持ち主でした。2023年のバスケW杯ではテレビ番組でバスケ解説者として出演し話題を集めましたが、その知識と情熱のルーツは学生時代にあったわけですね。
初恋の相手に13回告白していた
満島真之介さんの学生時代でよく知られているのが、中学時代に初恋の相手に13回も告白したというエピソードです。結果はすべてフラれてしまったそうですが、何度断られてもあきらめないこの前向きさは、まさに「マックス」の愛称にふさわしいですよね。
この諦めない姿勢は、のちの俳優人生にも通じるものがあるのではないでしょうか。
満島真之介の高校卒業後の経歴
大学に進学しなかった満島真之介さんは、高校卒業後にどのような道を歩んだのでしょうか。実は俳優デビューまでに、保育士や自転車日本一周といったユニークな経験を重ねています。
保育士から映画の助監督へ
2008年にコザ高校を卒業した満島真之介さんは、上京して学童保育の保育補助のアルバイトを始めました。もともと子供が大好きだったことがきっかけだそうです。
その後、子供たちの表情や感情をドキュメンタリーで撮りたいという思いが芽生え、映画『ちゃんと伝える』で演出助手を務めるようになります。助監督として働いていた時期には複数の事務所から役者としてスカウトされましたが、当時はすべて断っていたといいます。
自転車日本一周から俳優デビューまで
2009年5月、20歳を迎える直前に満島真之介さんは自転車での日本一周に出発しました。北海道から鹿児島まで約7か月間をかけて全国各地を回ったのです。動機は「全国の子どもを見てみたい」というものでした。
この旅が満島真之介さんの人生を大きく変えました。道中で姉・満島ひかりさんの出演する映画のポスターや雑誌を各地で目にし、「姉が多くの人を感動させていると実感した。自分も頑張らなくては」と感じたそうです。さらに、旅の途中の仙台で昇る朝日を見た瞬間に「何かを表現しないと俺やばいかもしれない!」という衝動が湧き上がり、なけなしのお金で公衆電話から芸能事務所に連絡を取りました。
帰京後、演出家・熊林弘高さんのワークショップに参加したことが縁となり、2010年10月に舞台『おそるべき親たち』で俳優デビューを果たします。その後はNHK連続テレビ小説『梅ちゃん先生』や映画『キングダム』シリーズなど数多くの話題作に出演し、現在に至るまで俳優として活躍を続けています。
満島真之介の家族構成|兄弟4人全員が有名人
満島真之介さんの家族は「バスケ一家」「有名人一家」として知られています。きょうだい4人それぞれが異なる分野で活躍しているのは驚きですよね。
| 続柄 | 名前 | 職業・活動 |
|---|---|---|
| 姉(4歳上) | 満島ひかりさん | 女優。沖縄アクターズスクール出身、Folder→Folder5で活動後、女優に転身 |
| 本人 | 満島真之介さん | 俳優。コザ高校卒 |
| 妹(2歳下) | 満島みなみさん | モデル。日本体育大学バスケ部出身。『GINZA』『リンネル』等で活躍 |
| 弟(4歳下) | 満島光太郎さん | 元プロバスケ選手・指導者。興南高校→拓殖大学→B3リーグで活躍 |
父親の満島恵作さんは中学校の体育教師として全国優勝に導いた名指導者であり、母親も元高校の体育教師です。この体育会系の家庭環境が、きょうだい全員の活躍の土台になっていることは間違いないでしょう。
満島家には独特のルールがあったことでも有名です。毎朝5時に家族全員が起床し「おはようございます」と挨拶する決まりがあり、父親が指笛を吹くと3秒以内にきょうだい全員が集合しなければなりませんでした。トイレ中や入浴中でも例外はなく、時間内に全員が集まれなかった場合はやり直しだったそうです。かなり厳格な家庭だったことが伝わってきますが、現在もきょうだいの仲は非常に良好だと語られています。
まとめ
満島真之介さんの学歴は、沖縄市立美東小学校、沖縄東中学校を経て、沖縄県立コザ高等学校を卒業しています。大学には進学しておらず、日本体育大学のオープンキャンパスでポロシャツ姿を笑われたことがきっかけで進学を断念したという、満島真之介さんらしいユニークなエピソードがありました。
高校卒業後は保育士のアルバイトや自転車での日本一周を経て、2010年に俳優デビュー。大学に行かなかったからこそ生まれた独自の経験が、俳優としての深みにつながっているのかもしれませんね。これからも満島真之介さんの全力投球な活躍を応援していきたいです。


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