ラモス瑠偉の再婚相手について、「現在の妻はどんな人?」「子供はいるの?」と気になっている人も多いようですね。ラモス瑠偉さんは2011年に最愛の妻・初音さんを亡くしたあと、「再婚はしない」と語っていました。しかし、その後に出会った俊子さんと再婚し、現在は大きな病気を乗り越えながら夫婦で支え合う生活を送っています。
そこで当記事では、ラモス瑠偉さんの再婚相手・俊子さんの人物像や馴れ初め、前妻とのエピソード、子供や現在の活動まで詳しく紹介します。
この記事でわかることは以下の通り
- ラモス瑠偉さんの再婚相手・俊子さんのプロフィール
- 前妻・初音さんとの結婚生活や死因
- 脳梗塞や直腸がんを支えた夫婦の絆
- 子供や現在の活動内容
ラモス瑠偉の再婚相手は20歳年下の一般女性

ラモス瑠偉さんの再婚相手は、俊子さんという一般女性です。芸能活動歴はなく、詳しいプロフィールも多くは公表されていません。ただし、ラモス瑠偉さん本人の発言や報道から、大阪出身で約20歳年下の女性であることがわかっています。
俊子さんは大阪出身の一般女性

ラモス瑠偉さんの再婚相手・俊子さんは、大阪府出身の一般女性です。ラモス瑠偉さんは過去の取材で「奥さんは大阪出身」と語っており、派手な芸能活動などは一切行っていません。
報道では「黒髪ロングで日焼けしたエキゾチックな雰囲気の女性」と紹介されたこともあり、落ち着いた大人の魅力を持つ人物として知られています。2017年時点で39歳と報じられているため、ラモス瑠偉さんとは約20〜21歳差の夫婦になります。
また、俊子さんはメディア露出が少なく、顔写真や勤務先などの個人情報もほぼ公開されていません。一般女性であることから、プライバシーを大切にしている可能性が高そうですね。
一方で、ラモス瑠偉さんはたびたび「妻には感謝している」と語っており、公の場でも夫婦関係の良さが伝わっています。
ラモス瑠偉と俊子さんの馴れ初め
ラモス瑠偉さんと俊子さんの出会いは、知人の誕生日会だったそうです。当時のラモス瑠偉さんは、前妻・初音さんを亡くした悲しみから立ち直れず、自暴自棄な生活を送っていた時期でした。
2013年にはテレビ番組で「再婚なんてしない」「生まれ変わっても初音さんと結婚する」と話しており、再婚にはかなり否定的だったことがわかります。
しかし、俊子さんはそんなラモス瑠偉さんを支え続けました。特に有名なのが、「あなたの面倒みるのは私しかいないよ」という言葉です。この一言に救われたと、ラモス瑠偉さん自身が『徹子の部屋』で明かしています。
初音さんの三回忌後から本格的な交際が始まり、約3年間の交際を経て結婚へ進みました。ラモス瑠偉さんにとって、俊子さんは人生を再び前向きにしてくれた存在だったのかもしれません。
2015年に再婚!結婚式は沖縄で
ラモス瑠偉さんと俊子さんは、2015年11月23日に入籍しました。当時、ラモス瑠偉さんは58歳で、俊子さんは30代後半だったとされています。
結婚式は2016年2月に沖縄で行われました。身内だけの小規模な式だったそうで、派手な披露宴ではなく、家族を大切にする温かい雰囲気だったようです。
再婚については当初あまり公表されていませんでしたが、その後の取材でラモス瑠偉さん本人が認めています。左手薬指にはゴールドの結婚指輪が確認されたことも話題になりました。
また、再婚後もラモス瑠偉さんは前妻・初音さんへの思いを隠していません。左肩には「初音」とハートマークのタトゥーが残されており、その深い愛情が現在でも語り継がれています。
再婚相手との夫婦関係は良好?
ラモス瑠偉さんと俊子さんの夫婦関係は、現在も良好だといわれています。特に近年は、大病を乗り越えるなかで夫婦の絆がさらに深まったようです。
2016年の脳梗塞、そして2025年の直腸がん闘病では、俊子さんが食事管理やリハビリを献身的にサポートしました。ラモス瑠偉さんは「妻は命の恩人」と繰り返し話しており、感謝の気持ちを隠していません。
さらに2026年には、「感謝より尊敬している」という印象的な言葉も語っています。ただ支えられるだけではなく、人として尊敬できる存在になっているのでしょう。
夫婦で苦難を乗り越えてきた経験があるからこそ、現在の強い信頼関係につながっているのかもしれませんね。
ラモス瑠偉の前妻の死因は転移性肝がん

ラモス瑠偉さんの前妻・初音さんは、2011年7月19日に転移性肝がんで亡くなりました。享年52歳でした。ラモス瑠偉さんは長年連れ添った最愛の妻を突然失い、大きな悲しみを抱えることになります。
初音さんとの27年間の結婚生活

ラモス瑠偉さんと初音さんは1980年に出会いました。当時、初音さんは美大生で、友人の紹介をきっかけに知り合ったそうです。ラモス瑠偉さんは一目惚れだったとも語られています。
1981年にはラモス瑠偉さんがバイク事故で大けがを負い、選手生命の危機に直面しました。その際、初音さんは往復4時間をかけて毎日のように看病を続けたといわれています。
ラモス瑠偉さんが自暴自棄になり、「もう来るな」と暴言を吐いたときも、初音さんは支え続けました。その献身的な姿勢が、後の結婚につながったようですね。
2人は1984年に結婚し、27年間の夫婦生活を送りました。長男ファビアノさんと長女ファビアナさんにも恵まれ、ラモス瑠偉さんが日本へ帰化する大きな理由にも初音さんの存在があったそうです。
ラモス瑠偉が語った「一番大切なトロフィー」
初音さんが亡くなった際、ラモス瑠偉さんは深い悲しみを隠せませんでした。2011年7月22日の告別式では、涙ながらに印象的な言葉を残しています。
「19年間選手生活をしていろんなトロフィーをもらったけど、いちばん大切なトロフィーは初音ちゃんでした」
サッカー界で数々の栄光を手にしてきたラモス瑠偉さんにとって、それ以上に大切だったのが妻・初音さんの存在だったのでしょう。
また、初音さんは転移性肝がんを患っていましたが、ラモス瑠偉さんは本人に病名を告知しませんでした。「出血が止まらないから入院しよう」と伝え、最後まで希望を持たせたかったそうです。
さらに、亡くなる2日前には病室で一緒になでしこジャパンのワールドカップ優勝を見守っていました。「次はあなたの番ね」と笑顔で話していたというエピソードは、多くの人の胸を打っています。
ラモス瑠偉の再婚相手・俊子は命の恩人?
ラモス瑠偉さんは、現在の妻・俊子さんについて「命の恩人」と語っています。その理由は、脳梗塞と直腸がんという2度の大病を支え続けた存在だからです。
脳梗塞発症時に救急搬送を支えた
2016年12月29日、ラモス瑠偉さんは自宅で脳梗塞を発症しました。朝、体が痙攣してベッドから落ち、そのまま起き上がれなくなったそうです。
異変にいち早く気づいたのが妻・俊子さんでした。顔色が真っ青になっているラモス瑠偉さんを見て、すぐに救急車を呼んだといわれています。
診断は右中大脳動脈の脳梗塞で、医師からは「歩けなくなる可能性もある」と伝えられたそうです。しかし、俊子さんはリハビリにも懸命に付き添い、歩行練習や階段の上り下りを支え続けました。
その結果、ラモス瑠偉さんは約1カ月半という驚異的なスピードで退院します。退院会見では「奥さんは命の恩人」と何度も語り、感謝の気持ちを口にしていました。
直腸がん闘病でも献身的にサポート
2025年には、ラモス瑠偉さんに直腸がんステージ3が見つかりました。本人も「頭が真っ白になった」と語るほど、大きな衝撃だったそうです。
放射線治療25回と抗がん剤治療を受け、さらに7時間30分に及ぶ大手術も経験しました。体重は74kgから54kgまで減少し、かなり厳しい闘病生活だったことがわかります。
そんな状況でも、俊子さんは食事面を徹底的に勉強し、毎日の生活を支え続けました。人工肛門のケアや退院後のサポートも担っていたとされています。
ラモス瑠偉さんは後に、「彼女は本当に命の恩人です。2度も助けられた」と語っています。単なる夫婦関係ではなく、人生を共に戦うパートナーとして深い絆が生まれているようですね。
ラモス瑠偉の子供は?息子ファビアノの現在

ラモス瑠偉さんには、前妻・初音さんとの間に1男1女がいます。特に長男・ファビアノさんは、現在もサッカー界で活動しており、父親との関係でも注目されています。
長男ファビアノはサッカー指導者として活動
長男のラモス・ファビアノさんは1985年生まれで、東京都出身です。幼少期からサッカーに親しみ、東京ヴェルディのスクールやブラジル留学を経験しました。
その後は指導者の道へ進み、日本サッカー協会公認B級ライセンスも取得しています。2015年から2016年にはFC岐阜SECONDの監督も務めました。
2025年には、父・ラモス瑠偉さんとともに社会人クラブ「CARIOCA FC」を設立しています。ファビアノさんは代表兼監督としてクラブ運営にも携わっているそうです。
また、1999年のラモス瑠偉さんの引退試合では、13歳だったファビアノさんがラストパスを受けたエピソードも有名ですね。現在も親子でサッカーへの情熱を共有していることが伝わってきます。
再婚相手の俊子さんとの間に子供はいない
ラモス瑠偉さんと再婚相手・俊子さんとの間には、現在まで子供がいるという報道はありません。公表情報でも、俊子さんとの間に新たな子供が誕生した事実は確認されていません。
一方で、俊子さんは「子育て」よりも、ラモス瑠偉さんの健康管理や闘病支援を担う存在として知られています。
脳梗塞や直腸がんという大病を支え続けてきたことからも、夫婦で支え合う生活が中心になっているのでしょう。
また、ラモス瑠偉さんは前妻との子供たちとも良好な関係を築いているとされ、家族全体の絆を大切にしている様子が伝わっています。
ラモス瑠偉は現在CARIOCA FCで現場復帰
ラモス瑠偉さんは大病を乗り越え、現在はサッカー界で再び現場復帰を果たしています。長男とともに新クラブを立ち上げるなど、精力的な活動を続けています。
直腸がんを乗り越えて現場復帰
2025年に直腸がんステージ3を公表したラモス瑠偉さんですが、約10カ月の闘病を経て回復へ向かいました。
大手術や抗がん剤治療を経験したことで、一時は体力面も大きく低下したといわれています。しかし、「またボールを蹴りたい」という強い思いがリハビリの支えになったそうです。
2026年にはCARIOCA FCの設立会見へ出席し、エグゼクティブディレクターとして現場復帰を果たしました。サッカーへの情熱は現在も変わっていません。
また、WEBメディアでの連載活動もスタートしており、指導者としてだけでなく発信者としても存在感を見せています。
長男とともにCARIOCA FCを設立
CARIOCA FCは、2025年にラモス瑠偉さんと長男ファビアノさんが設立した社会人サッカークラブです。神奈川県を拠点に活動しており、地域密着型クラブとして注目されています。
クラブ名の「CARIOCA」は、ブラジル・リオデジャネイロ出身者を意味する言葉です。ラモス瑠偉さん自身のルーツも反映されているのでしょう。
ファビアノさんは代表兼監督として現場を指揮し、ラモス瑠偉さんはエグゼクティブディレクターとしてクラブ運営を支えています。
ラモス瑠偉さんは会見で「ここで育った選手がJリーガーになったらうれしい」と語っており、未来の選手育成にも力を注いでいるようですね。
まとめ
当記事では、ラモス瑠偉さんの再婚相手・俊子さんについて紹介しました。
俊子さんは約20歳年下の一般女性で、大阪出身とされています。前妻・初音さんを亡くしたあとに出会い、約3年の交際を経て2015年に再婚しました。
また、脳梗塞や直腸がんの闘病を支えたことで、「命の恩人」と呼ばれる存在にもなっています。ラモス瑠偉さんが「感謝より尊敬している」と語るほど、夫婦の絆は深いようですね。
現在は長男ファビアノさんとともにCARIOCA FCを設立し、サッカー界で現場復帰も果たしています。これからもラモス瑠偉さん夫妻の歩みに注目が集まりそうです。


コメント