お笑いトリオ・四千頭身のメンバーとして知られる都築拓紀さん。
個性的なファッションでも注目されてきましたが、学生時代は野球部に所属し、アルバイトにも励んでいました。
高校2年生のときには、担任の先生からかけられた言葉をきっかけに、お笑い芸人を目指しています。
大学へ進学しなかった理由や、印旛明誠高校、中学校、小学校でのエピソードをまとめました。
都築拓紀の学歴まとめ
都築拓紀さんの学歴は以下のとおりです。
| 区分 | 学校名 | 在籍時期の目安 |
|---|---|---|
| 小学校 | 龍ケ崎市立城ノ内小学校 | 2003年4月~2009年3月 |
| 中学校 | 龍ケ崎市立中根台中学校 | 2009年4月~2012年3月 |
| 高校 | 千葉県立印旛明誠高等学校 | 2012年4月~2015年3月 |
| 大学 | 進学していない | ― |
| 養成所 | ワタナベコメディスクール22期 | 2015年4月入所 |
都築さんの最終学歴は高校卒業です。
印旛明誠高校を卒業した2015年4月に、ワタナベコメディスクールへ入りました。
そこで後藤拓実さんと石橋遼大さんに出会い、2016年に四千頭身を結成しています。
都築拓紀の高校は千葉県立印旛明誠高校
都築拓紀さんの出身高校は、千葉県立印旛明誠高等学校です。
本人がInstagramで、高校時代のジャージを着た写真を公開しています。
投稿には印旛明誠高校、高校ジャージというハッシュタグも付けられていました。
印旛明誠高校は、千葉県印西市にある県立の共学校です。
普通科の単位制高校で、現在の偏差値は48~49程度と紹介されています。
都築さんは茨城県龍ケ崎市出身ですが、県境を越えて千葉県印西市の高校に通っていました。
学生時代の思い出を聞かれたインタビューでは、自転車通学について次のように話しています。
片道1時間半かけて自転車で通学していたので、道中全てが思い出です。
引用元:AGESTOCK
通学途中の河川敷で、バッグを枕にして寝たこともあったそうです。
学校で過ごした時間だけでなく、長い通学時間も都築さんにとって青春の思い出になっていました。
硬式野球部と週6日のアルバイトを両立
印旛明誠高校の野球部は、前身の印旛高校時代に選抜高校野球で準優勝した実績を持つ古豪です。
都築さんは野球部の練習に参加しながら、週6日ほどアルバイトもしていました。
2025年のENCOUNTのインタビューによると、当時の時給は750円で、多い月には約10万円を稼いでいたそうです。
アルバイト代をためると、3万~4万円ほどを持って原宿へ服を買いに行っていました。
野球部の練習と週6日のアルバイトを続けながら、龍ケ崎市から東京まで足を運んでいたのですから、かなり行動力のある高校生だったことが分かります。
当時は安い古着店などを回り、自分が気に入った服を探すことを楽しんでいました。
この頃に培った感覚が、2023年に立ち上げたファッションブランド「HIROKI TSUZUKI」の活動にもつながっています。
高校2年生の担任の一言で芸人を目指した
都築拓紀さんがお笑い芸人を目指すきっかけになったのは、高校2年生の担任の一言でした。
高校生の頃の都築さんは、同級生や先生に反発することが多く、自分でもひねくれていたと振り返っています。
そのようななかで、担任だけは都築さんと真剣に向き合ってくれました。
インタビューでは、当時の担任について次のように話しています。
2年のときの担任の先生が唯一、僕と真剣に向き合ってくれて。
引用元:QJWeb
もともと話すことが好きだった都築さんに、担任はお笑いの道へ進んではどうかと勧めました。
母親からも小学生の頃から、好きなことを仕事にするよう言われていたため、話すことを生かせる芸人の道が自分に合っていると感じたようです。
芸人になると決めて同級生との接し方を変えた
高校時代の都築拓紀さんは、周囲に敵を作りやすいタイプだったそうです。
文化祭では、クラスメイトが考えたストップモーション映像の企画に反対していました。
しかし、その企画が賞を取ると、都築さんが立ち上がって賞状を受け取りに行ってしまったとラジオで明かしています。
企画を考えたクラスメイトからは、かなり強い目で見られたそうです。
そんな都築さんの考え方が変わったのは、芸人になると決めてからでした。
芸人になるなら、日本中の人を相手にしなければならないと考えた都築さん。
まずは同学年の約160人を味方にできなければならないと思い、自分から同級生に接するようになりました。
話してみると、それまで苦手だと思っていた同級生にも面白い部分があることに気づいたそうです。
最初は毛嫌いしていた相手とも仲良くなり、高校卒業後も付き合いが続いています。
都築拓紀は大学に進学せずお笑い養成所へ
都築拓紀さんは、印旛明誠高校を卒業したあと大学には進学していません。
2015年4月に、お笑い芸人の養成所であるワタナベコメディスクールへ入りました。
都築さんの家庭には、高校を卒業したら独り立ちするという教育方針がありました。
小学6年生の頃には、母親から高校卒業までに大学進学以外の道を決めるよう言われています。
勉強が好きではないなら、好きなことや仕事にしたいことを見つけてほしいという母親の考えでした。
都築さんは高校2年生で芸人を目指すようになり、大学ではなくお笑い養成所へ進む道を選びます。
ワタナベコメディスクール22期で四千頭身を結成
都築拓紀さんは、ワタナベコメディスクールの22期生です。
養成所を選んだ理由については、一度見学に行ったところ、そのまま面接を受ける流れになり合格したとインタビューで明かしています。
同じ22期には、後藤拓実さん、石橋遼大さん、丸山礼さん、森山あすかさんらがいました。
都築さんはネタを作るのが得意ではなかったため、最初の自己PRで目立っていた後藤さんに声をかけたそうです。
養成所ではコンビやトリオの結成と解散を経験し、最終的に都築さん、後藤さん、石橋さんの3人で四千頭身を結成しています。
高校の担任からお笑いを勧められたことが、のちに四千頭身の結成へつながりました。
都築拓紀の中学校は龍ケ崎市立中根台中学校
都築拓紀さんの出身中学校は、龍ケ崎市立中根台中学校です。
中根台中学校は、茨城県龍ケ崎市にある公立中学校で、1995年に開校しました。
公立中学校のため、入試で使われるような偏差値はありません。
中学時代は野球部に所属
都築拓紀さんは、中学時代も野球部に所属していました。
2026年に掲載されたインタビューでは、中学時代の野球部の後輩から久しぶりに連絡を受けたことを明かしています。
都築さんは小さい頃から野球を続け、高校でも硬式野球部へ入りました。
野球は学生時代を通して親しんできたスポーツで、所属事務所のプロフィールにも掲載されています。
中学1年生でファッションに興味を持った
都築拓紀さんが服に興味を持ち始めたのは、中学1年生のゴールデンウィークでした。
5歳上のいとこの家に泊まった際、本棚に並べられていたファッション誌を読んだことがきっかけです。
服だけでなく、家具がきれいに配置され、ファッション誌が並ぶ部屋の雰囲気にも憧れを抱きました。
自宅へ戻った都築さんは、すぐに親へ模様替えをしたいと頼みます。
自宅に戻ってすぐ親に「模様替えさせてくれ」ってお願いしましたね。
引用元:ENCOUNT
都築さんは自分でベッドを解体し、記憶を頼りにいとこの部屋を再現しました。
それまでは野球中心の生活で、服装もジャージが多かったそうです。
この出来事をきっかけに着たい服が増え、親に頼んで駅ビルやショッピングモールの洋服店へ連れて行ってもらうようになりました。
本格的にファッションへ興味を持ったのは高校2年生でしたが、その原点は中学1年生のときに読んだファッション誌でした。
都築拓紀の小学校は龍ケ崎市立城ノ内小学校
都築拓紀さんの出身小学校は、龍ケ崎市立城ノ内小学校です。
2023年に母校で開かれた講演会では、都築さんが全校児童を前に、自身の子供時代や夢について話しました。
講演会では、お笑いを選んだ理由について、高校時代に自分が一番面白いと感じたことがきっかけだったと答えています。
同年6月には、母校へ大型テレビも寄贈しました。
なお、学校名の正式表記は城ノ内小学校です。
一部の記事にある城之内小学校という表記は誤りなので注意が必要です。
小学生時代に2つの絵画コンテストで入賞
都築拓紀さんは、小学生の頃に絵画教室へ通っていました。
本人のInstagramでは、小学生時代に描いた作品を公開しています。
実は小学生時代に、二科展と世界こども図画コンテストで入賞させていただけたことがあります。
ただし、自分から進んで絵画教室へ通っていたわけではなく、親に通わされている感覚だったそうです。
あまりやる気がないまま描いた作品が入賞したこともあったと振り返っています。
子供の頃に触れた絵やデザインも、のちのファッション活動につながる経験の一つになったのかもしれません。
小学6年生から大学以外の進路を考えていた
都築拓紀さんが将来について真剣に考え始めたのは、小学6年生の頃です。
母親から、高校卒業までに大学進学以外の道を決めてほしいと言われました。
都築さんは勉強が好きではなかったため、大学へ行くことよりも、自分の好きなことを仕事にする道を探し始めます。
小学生の頃からお笑い番組やバラエティ番組が好きで、話すことも得意でした。
高校2年生の担任から芸人を勧められたことで、小学校から考え続けてきた進路がようやく固まったのです。
まとめ
都築拓紀さんは、龍ケ崎市立城ノ内小学校、中根台中学校を経て、千葉県立印旛明誠高校を卒業しています。
高校では硬式野球部に所属しながら週6日アルバイトを続け、稼いだお金で原宿へ服を買いに行っていました。
高校2年生の担任からお笑いの道を勧められ、卒業後は大学ではなくワタナベコメディスクールへ進んでいます。
小学生の頃から考えていた大学以外の進路が、四千頭身の結成とその後の活動につながっていました。


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